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レイピア序章2

違和感は突然の激痛に変わった。
「……ッ!」
声にならない呻きをもらして、少年はその場に倒れ込んだ。胃が焼けるように熱い。強烈な吐き気に襲われたが、うまく吐き出すことができない。
雪に埋もれたままお腹を抱え、苦しい声を漏らすことしかできなかった。
「お…母さま……」
少年は母の面影を求めて、視線をさまよわせる。
(お母さま……)
すぐそばで、雪を踏みしめる音がした。雪でまだらになった黒い靴が目の前に現れる。
(……だれ?)
視線を登らせていく。男の目が少年をじっと見下ろしていた。少年の息は一瞬止まった。
そのとき、そう遠くない場所から少年の名を呼ぶ声がした。男ははっとその方角へ顔を向けると、雪を散らしながら庭園のさらに奥へと逃げていった。
少年はそれを呆然と見送った。聞き慣れた初老の男の声が近づいてくる。それなのに、心臓はせわしなく鳴り続け、体も震え続けた。
あの目。少年をじっと見下ろしていた眼差し。
まるで少年を射殺さんばかりに鋭かった。明らかな殺意を持った刃だった。
怖かった。殺されるかと思った。なぜあんな殺意を向けられなければならなかったのか、まだ幼い少年にわかるはずもない。ただ一生拭えることのない根強い恐怖を植え付けられたのは確かだった。
初老の男が少年の姿を見つけ、駆け寄ってくる。抱き起こされ、男が他に助けを求める声を、少年はどこか別の世界で聞いていた。

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レイピア序章1

昨晩までの大雪が嘘のように、空は輝くばかりの青色に彩られていた。庭園は隙間なく白い雪に覆われていて、少年はたまらなく足跡をつけてまわりたい衝動に駆られたが、そんなことをすればお目付役から叱責を受けることがわかっていたので、ぐっとこらえた。
それでもうずうずとした気持ちが抑えきれず、少年は庭師たちに見つからないように庭の最奥にある泉を目指した。あそこならばきっと人目につくことはない。幼少の頃からの知恵だった。
ところが少年の確信は、泉に近付くにつれて不可思議な感覚に揺らいでいった。足跡がある。しかも真新しく、この足跡の持ち主の慌ただしさが容易に想像できるほどに荒々しいものだった。
嫌な予感がする。少年は恐る恐る泉に近付いていった。大昔の神話をモチーフにした石膏像で囲われた泉は、雪に覆われていて静寂の中にひっそりと眠りについていた。
白い息が震える。手と足の指先に感覚がなくなる。それなのに、体の中が異様に熱くなっていることに、少年は戸惑いを覚えた。
(お母さま……!)
心の中で母に助けを求める。いつも心細いときや不安なときにやさしく抱きしめてくれた母の姿を思い浮かべた。

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愛華 一章2

ガタン、という大きな揺れでユリアーノは目を覚ました。
こんなに揺れがひどい粗悪な馬車に乗せられているというのにいつの間にか眠ってしまっていた。
頬に筋をつくっていた涙をぬぐって、改めて馬車の中を見回す。
両の足首には錆(さび)の浮いた枷(かせ)がはめられている。何度となく外そうと試みたが無駄な努力だとわかってからは、そのままにしておいた。
窓には布が張られていて外の風景を望むことはできない。

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愛華 一章1

視界が緋色に染まる。とてもきれいな紅。
その色を見るとたまらなく悲しい気持ちと、押さえきれないほどの暴力的な衝動に囚われる。
これは夢だ。
まるで紅く塗りつぶされた四角の箱の中に閉じ込められたように、夢から逃れられない。
声を絞り出そうとしても、肺が押し潰される苦痛を感じるだけだ。
もしかしたら声は出ているのかもしれない。だが耳は機能を失っていた。
これは夢だ。いずれ覚めるただの幻。
現と夢の狭間で、現の肉体が苦しげにうめいているのがわかる。
早くこの夢から抜け出さなければ。どこまでも続く緋色に手を伸ばす。
ぬるり、と指先に生温かいものが触れる。紅い液体が指先を濡らしていた。
まるで意思をもつ生き物のように、紅い液は脈動し、指先から一気に這い上ってきた。
――何故おまえだけが生き残った。
直接脳髄に響いた声は、耳になじんだ愛しい人のものに違いはなかったのに、この世界で聴いたその声は憎悪に震えていた。
違う。これは夢だ。
緋色に染まり、世界と体の境界があいまいになる。このまま食われてしまうのか。
――何故おまえだけが生き残った。
また声が響く。今度はおびただしい数の声だった。祖国で失われた罪のない魂たちの叫びだ。
彼らの無数の手が肌に触れているかのように、わずかにうごめく影が浮かぶ。
これは夢なのか。
もしこれが夢ではないのなら、このまま食われてしまいたいと思った。願った。
祖国にこの血と肉と骨をうずめに行きたい。
涙が目尻を伝い落ちる。この感覚は、現の体が感じたものだ。
そう夢の中で悟ったとき、緋色の世界は白い光に浸食されるように消えていった。

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愛華 序章3

恐る恐る瞼をほどき、先程まで自らが閉じこもっていた建物を仰ぎ見る。夜空が赤く染まるほどの炎がそれを覆い尽くす様を見て、思わず息を呑んだ。
生き延びた――その事実は女にとって重いものであるはずなのに、胎内から伝わってくる鼓動がたまらなく愛おしく、それを繋げることができたことだけに喜びを感じた。
止まらない涙を、大きな掌がぬぐう。
顔を上げると、煤だらけになりながらも精悍さを失わない男の青い眼差しが女を射抜いた。
「行こう」
男が女の手を取った。
どこへ、とは聞かなかった。彼ならば我が子を守り抜いてくれる。そう信じられたから、何も訊かなかった。
一度だけ赤く燃える宮殿を振り返る。苦痛の日々を過ごしただけの忌まわしい建物でも、失われることへの虚しさを感じるのが不思議だった。
男の掌を強く握りしめ、女は踏み出した。新しい命と共に生きるために。

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愛華 序章2

女は腹を抱えるように身を丸くした。ここにきてようやく、己の罪深さを痛感した。
――私はただ、苦しみから解放されたかっただけ。この子には未来があったはずなのに……。
呼吸がだんだんと苦しくなってくる。煙と熱気で頭がぼんやりとかすんだ。
それでも我が子の未来を繋げてあげたいと願った。生きたいと願ったのは、生まれて初めてだった。
そのとき、誰かがが女の名前を叫ぶ声が聞こえた。女は顔を上げ、耳をそばだてる。その声は幻ではなく、はっきりと女の耳に届いた。
「助けて……!」
思ったように声が張れず戸惑ったが、女はあらん限りの力を振り絞って声を上げた。
炎の轟音にまぎれて、人の駆ける音が聞こえた。そして一人の男が姿を現した。
女はその男に見覚えがあった。涙があふれてくる。どうして彼がここにいるのかという疑問は浮かんだが、ただただ彼と邂逅できたことを驚き、喜びに胸が震えた。
男は女を抱え上げ、炎をくぐりぬけるように走った。
女は男の首に腕を回し、硬く目をつぶっていた。焼けるように熱い空気が徐々にゆるんでいくのを肌で感じる。汗で濡れた皮膚にわずかに冷たい風が当たったとき、女はようやく助かったのだと実感した。

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愛華 序章1

炎の熱が、すぐそばまで迫っていた。
まるで地獄の底に突き落とされたかのような人々の叫び声が聞こえる。全てを食らいつくす炎の猛威は人間の本能を剥き出しにさせ、今日の夕刻まで宝石や真っ白な布で着飾っていた人々を醜いまでに踊らせていた。
女は絹張りの長椅子に横たわり、静かに自らの腹部を撫でていた。まだ膨らみは目立たないけれど、女の胎内には新たな命が宿っている。
死に対する恐怖がないわけではない。本当は我が子をこの腕で抱きたいと願っていた。今でも迷いはある。それでも、帝国の灰にまみれて生きていくことよりも、我が子とともに天に召されるほうがよほど魅力的だった。
バチッという激しい音が近くで鳴った。何かに亀裂が走った音だ。そして一気に熱い風が吹き込んできた。喉の奥が塞がれたような息苦しさを感じる。うねりを帯びた熱が襲いかかってくる。

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このブログについて

こんにちは。都季(つき)と申します。

ここはWeisser Mondという個人サイトのコンテンツの一部となっております。
http://weissermond.web.fc2.com/(別窓)

長いお話を書ける能力と時間と根気がないので、小説をもっと手軽に短く掲載しようと思い立ちました。
ここに掲載したお話は、ある程度量がまとまれば加筆修正をして本宅に掲載する予定です。
気長にお付き合いいただけるとうれしいです。

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プロフィール

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都季
性別:
女性
自己紹介:
年齢制限や同性愛を含みます。
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R15+…15歳未満閲覧禁止。

ここで書いたものは量がまとまれば加筆修正してサイトに掲載していく予定です。

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