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愛華 一章9

 
何も考えられなかった。
ただ、夢想していた。この刃をあの男の左胸に突き刺し、その血を浴びることを。そして自らも首を掻き切り、天上に召された同朋達の元へと行くのだと。
その願望に支配されていた。否、その願望だけで命を繋げてきた。
男の手が伸びてきたことも、恐怖にはならなかった。このまま体ごとぶつけ、心臓を一突きに――!
冷たく整った美貌。魂を居場所を感じない、硝子のような双眸。吸い込まれて、目が逸らせなくなる。
男の体が左に逸れた。ほんのわずかな動作だった。男の左腕が腹に絡みつき、気付けば背後に回られていた。突き込んだ勢いを利用され、鳩尾を締め上げられる。凄まじい圧迫感に息が止まった。
全身から一瞬にして力が奪われ、意識が霞んだ。手の間から短剣が滑り落ちる。崩れ落ちそうになった体を抱きかかえられた。
日に焼けた、戦に慣れた腕だ。この腕が父の命を奪ったのだ。憎くて憎くてたまらない。今すぐにこの腕を切り落としてやりたい。
だが、視界が暗く狭まっていく。
「……ゆるさな…い」
力を失った唇でそれだけを呟くとユリアーノは意識を手放した。
その双眸からは透明な筋が流れ落ちた。

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