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愛華 一章12

「離して」
男の腕を引きはがそうともがいたが、圧倒的な力の差を見せつけられただけだった。
ゆっくりと男の指に力が込められていく。彼にユリアーノの息の根を止める気がないのは明白だった。だが、底知れない恐怖がユリアーノの身体を縛り付けた。炎で赤く照らされてもなお血の気を感じさせない男の美貌が、とてもつもなく恐ろしかった。
「おまえはわかっていないようだな。己の身に、どれだけの命がかかっているのかを」
淡々とつむがれた言葉は、ユリアーノの抵抗を封じるには十分だった。
夢を思い出す。紅い世界の、無数の声達、そして父の声を。
――なぜおまえだけが生き延びた。
「ガレオスとかいったか、あの男は」
思いもしない名前に目を見開く。共に祖国から逃れ、共に捕えられた幼馴染の名だ。
「あの男、なかなか気骨のある男だ」
「彼に何をしたの!」
「何もしていない。だが今後はおまえ次第だ」
彼はそう言ってユリアーノから手を離した。暗闇に向けて部下らしき男の名を呼んだ。
「は、クロイド将軍」
「王女を天幕へ連れて行け」
「ガレオスはどこにいるの!」
暗闇から現われた大男の腕を振り払い、男を睨みつける。
「何度も同じことを言うのは嫌いだ」
いらだちが含まれた声音。もうユリアーノと話す気もなくなったのか、男は立ち上がった。
「明日の早朝に出発する。しっかり身体を休めておけ」
それだけを言い置いて、彼は暗闇の中に姿を消した。
「ガレオス……」
優しい緑の瞳を思い出す。彼が生きていたことを喜ぶべきなのかどうか、わからない。
苦しい目に遭っていないだろうか。ユリアーノが捕えられたことを、自分のせいにしていないだろうか。
だが、それでも、彼がまだ生きていたことがうれしくてたまらなかった。
「戻りますよ、王女様」
憐れみを込めた大男の声に従って、天幕へと戻っていく。

――おまえはわかっていないようだな。己の身に、どれだけの命がかかっているのかを。

その間も、憎き男――クロイド・ギアヌスの言葉が、耳に焼きついて離れなかった。

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