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愛華 一章7

刃から伝い落ちた血が手を濡らす。あの兵士の大腿を突き破った刃が、自らの首に押し当たっている。痛みへの恐怖はある。だが、死への恐怖は微塵もなかった。祖国が滅びたとき、ユリアーノの魂は死んだも同然だった。
空になった肉体を動かしているのは、たったひとつの感情だ。
「早く、あの子に会わせなさい!」
わずかに刃を滑らすと、痛痒が走った。兵士らは動揺する。小隊長が憎々しげにユリアーノを睨む。
「好きにすればいい」
小隊長が合図をし、兵士らは道を開けた。もはやユリアーノに興味はないのか、小隊長はどこかへ行ってしまった。ユリアーノの命さえあれば、彼女が何をしようと干渉しないつもりのようだ。ユリアーノ自身が口にしたように、彼らには圧倒的な力があり、最終的にはねじ伏せればいいだけの話だ。
短剣を首から外す。刃が当たっていた部分に指を滑らせると、わずかに傷ができていた。
未だに震えている少女に案内を頼む。少女は健気に頷いた。兵士達の間を通り抜けると、彼らは複雑な表情を浮かべていた。たかだか奴隷が死んだくらいで、と白けているようにも見える。
ユリアーノは再び高ぶりそうになった感情を落ち着け、少女のあとを追っていった。



ヨルラの少女の亡骸は奴隷達の天幕の中央に置かれていた。苦しげにひそめられた眉が、少女の最期がどれほど悲痛なものだったかを表していた。奴隷達によって洗い清められたものの、痛々しい首の締め痕は隠しようもない。冷たくなったそこに恐る恐る触れる。
奴隷達は遠巻きにユリアーノの様子を眺めている。血に濡れた短剣を持ったまま現れたユリアーノを見たとき、彼らは驚愕に身をひきつらせていた。ユリアーノが祖国の言葉で名を名乗ると、また別の驚きで言葉を失った。
少女の肌は氷のように冷たかった。昨日までの薄桃色の頬は青白く、もはや彼女の体に魂魄すらも残っていないことは明らかだった。
喉が震え、熱い雫が瞼の裏に浮かんだ。この涙は何なんだろう。悲しいという感情よりも激しいこの感情を、どう制御すればいい。
カタカタと何かが振動する音がした。握ったままだった短剣が小刻みに震えている。否、大地がわずかに揺れていた。
蹄の音だ。
ユリアーノは静かに息を飲み込む。腹の奥底が燃えるように熱い。短剣を膝の下に隠し、来るべきときを、息を潜めて待ち続けた。

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