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青と白 一章1


水の音で目が覚める。
ゆっくりと身を起こすと、肩にかかっていた毛布がぱさりと落ちた。肌が直接外気に触れて、少し寒い。隣を見れば、さっきまで一緒に寝ていた彰人(あきと)がいなかった。水の音はどうやら彰人がシャワーを浴びる音らしい。
枕元の時計に目を移すと、青い闇の中で04:49という表示が浮かび上がっていた。
身じろぎすると、昨夜の行為の名残で骨がきしんだ。冬にさしかかる季節だというのに汗だくになりながら抱き合った記憶が脳裏に浮かび、恥ずかしさに肌が血色を帯びる。
バスルームの扉が開く音がして、しばらくすると闇よりも濃い長身の影が現れた。彰人だ。
「葵、起きたの?あ、起こしちゃったのか。ごめんな」
「ううん、勝手に目が覚めただけ」
「あと一時間くらいあるから寝てろよ。疲れてるだろ?」
肉眼ではわからなかったが、声音で彰人がニヤリと笑ったのがわかった。つられて俺も笑う。
「誰かのせいでかなり疲れた」
「葵がかわいいから、ついつい頑張っちゃったんだなーそいつは」
くすくすと笑い合う、この瞬間がたまらなく好きだ。
ベッドをきしませながら彰人が片膝をつく。
暗闇に慣れた俺の目が、はっきりと彰人の双眸をとらえる。鷹のような目。鋭さとやさしさを兼ね備えた不思議な光をやどしている。
この目を見るたびに、心の奥底である人の像が結ばれる。いまでも愛おしさが色あせることのない、唯一の人。
彰人も俺の心に住むその人の存在は知っていた。でも、目が似ているとは口が裂けても言えなかった。そうすれば彰人は俺を軽蔑するに違いないからだ。当然だ。かつての想い人と重ねられていると知って、心地よい気分になれる者などいるはずもない。
彰人の唇が俺の唇に触れる。音を立てていったん離れたそれは、今度は深く俺に重なった。
彰人のことは好きだ。
俺よりも三歳も年上のためか、彰人は常に余裕に構えていて、自信に満ちあふれた表情をしていた。日の光を浴びた彼の相貌は、すれ違う女の子たちが一度は必ず目で追うほどに整っていて、センスのいい服に包まれた肉体はアスリートのように引き締まっていた。実際に彰人は自分の外見をよくわかっていたから、それを磨くための努力は惜しまなかった。三年間同じ部屋で暮らしてきた俺は間近でそれを見てきた。
そんな引く手あまたの彼が俺と付き合うことになったのは、タイミングがよかっただけだ。
互いに満ち足りない想いを抱えていて、互いにそれを感じ取っただけのこと。


『おまえ、さみしそうな顔してんな』
俺が大学一年のとき、彰人は四年生だった。勧誘されるままに引きずり込まれたサークルの新歓コンパで隅っこに座っていた俺に彰人はまずそう言った。
『なんか報われねぇ恋してるって感じ』
ずばりと言い当てられて思わず目を見開いてしまった。彰人はにやりと笑った。
『なんだ、マジなのか』
そして彰人は俺に焼酎のグラスを渡した。本格的に隣に居座る姿勢になった彰人を、俺はぼんやりと見つめた。
『言ってみろよ。不倫だろうが死別だろうが、バイだろうがゲイだろうが、俺は驚かねぇぞ』
彰人は屈託のない顔で言い切った。
俺はただただ圧倒されたが、彰人の裏表のない雰囲気に流されるように、自然と自分がゲイなのだと明かしていた。
彰人は意外そうに眉を上げた。だがそれだけだった。
『なんだ、おまえもか』
その言葉に引っかかりを覚えた俺が首をひねると、彰人は自分を指差して笑った。
『俺もだよ。ただ、俺はバイだけどね』
平然と言ってのけた彰人は、コップに残った氷を口に含んでガリガリと噛み砕いた。一切構えた様子がなく、まるでテレビ番組の話をするみたいな自然さに、俺は戸惑う。
『樋口先輩はバイなんですか』
確かめるように尋ねれば、彰人はにっと唇を引き上げた。
『そーだよ。だからおまえも気をつけろよ』
彰人はそう言ったが、俺は自分なんかが彼の相手になるわけがないと思っていた。だが、そのコンパの日から彰人の部屋で身体を重ねるまで、そう時間はかからなかった。最初はサークルの飲みでつぶれた彰人を部屋まで運んだだけだった。だが苦しそうな彰人を放っておけず介抱しているうちに、彰人の無駄のない身体に惹かれていく自分を感じた。少し酔いから醒めた彰人がそれを感じとり、俺にキスしてきて、それからはなし崩しで互いに服を脱ぎ捨てた。
俺は、初めてだった。だから彰人が俺を貫いたとき、激痛で身体が萎縮してしまった。彰人はそんな俺を見て、驚いた顔をした。
『おまえ、初めてなのかよ』
そう気づいてからの彰人はやさしかった。いたわるような動きに変わり、俺は彰人が与えてくれる快感に素直に身をまかせられた。
終わったあと、彰人はすっかり酔いが醒めた様子で、俺に謝ってきた。
『すまない。おまえには好きなやつがいるのに……』
まるで一方的に、同意を得ずにことに及んだような言い方だった。
俺はすぐに首を振った。
『いいんです。あいつへの想いは絶対に叶わないものですから』
『そんなさみしいこと言うな』
なぜか彰人が泣きそうな顔をした。
『もっと自分を大事にしろよ』
彰人は裸のまま横たわる俺を抱きしめた。皮膚が触れ合って、熱かった。彰人の鼓動を直に感じて、俺も共鳴していく。それはいままで体験したことのない、不思議な感覚だった。
気づけば目尻から涙がこぼれ落ちていた。何百回目かわからない涙を、彰人は唇で拭ってくれた。
何度も、何度も――。

それからはサークルとは別に頻繁に会うようになった。やがて俺と彰人は付き合うようになり、彰人が卒業すると同時に同棲を始めた。俺と彰人もこんなに長くつづくとは思っていなかったが、逆にそれがよかったのかもしれない。俺たちの間には善い悪いに関係なく劇的な出来事やすれ違いはなかった。だからこそ何事もなく四年が過ぎ、彰人は社会人四年目、俺は大学院一年生になっていた。
一見遊び人のような外見の彰人は、しかし一切浮気をしなかった。むしろ、仕事で疲れているはずなのに、休日になると俺をいろんなところへ連れまわし、俺がうまそうに飯を食っていると、満ち足りたような笑みを見せてくれる。
なんだか俺っておまえのペットみたいだな、とある日つぶやいたら、彰人はしれっと『じゃあ首輪でもする?』と言い、俺が冗談だと思って忘れ去ったころに嬉々として首輪を買ってきて、ベッドで散々な目にあった日もあった。それでも許せてしまうくらい、彰人のことは好きだった。

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