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愛華 一章6

「本当なの?」
泣き崩れた少女に詰め寄ると、彼女は赤くなった目でユリアーノを見つめ、ためらいながらも頷いた。雫がまた彼女の手のひらに落ちる。
「私たちは何もできませんでした。私たちが眠る場所に戻ってくる途中で、酔ったイェンヴェルス兵に捕まり、そのまま川沿いに連れていかれて……」
きっとヨルラの少女は悲鳴をあげていたのだろう。まるで悲鳴が今でも聞こえるという風に、少女はうずくまるようにして耳を塞いだ。
「なんてことを……」
あまりにも痛ましい。故郷から遠く離れた地で、若い命を奪われ、純朴な魂さえも傷つけられた少女に想いを重ねると、体中が熱くなった。
「さ、教えてやったんだから、今度は俺にも教えてくれよ」
座り込んでいるユリアーノの背後に、男が立った。皮膚の硬い指が首筋を滑り、金の髪をすくい取る。背筋がぞくりと震えた。
――穢らわしい。
すぐに払い落としたい衝動をこらえ、男の手が背中に滑り込んでくる感覚に耐える。ユリアーノが抵抗しないとわかると、男は本格的に身をかがめ、前の方へ手を伸ばしてきた。その瞬間だった。
ユリアーノは男の顔面に思いきり頭突きを入れ、ひるんだその隙に男の腰から短剣を抜き取った。そしてそれを容赦なく男の大腿に突き立てた。肉を断ち切る鈍い感触が手に伝わってくる。
男が低い悲鳴を上げる。鮮血が溢れ、敷布を真っ赤に染めた。生々しい音を立てて剣を引き抜くと、またも男はうめき声を上げた。その合間にユリアーノは少女の手を取り、天幕から飛び出した。
外では兵士らが十人ほどが休息を取っていったが、並々ならぬ事態に顔つきを変え、立ち上がった。ユリアーノが血で塗れた剣を持っているとわかるやいなや、彼らは剣を抜いてユリアーノたちを取り囲んだ。
「ヨルラの少女に会わせなさい。昨日まで私の世話をしていた娘よ」
ひるまずに兵士らを見つめ返し、腹の底から吐き出すようにはっきりと言った。毅然としていなければ、手足が震えてしまう。
「その娘は死んだ」
昨日の小隊長が現れる。
「知っているわ。野蛮なイェンヴェルス人に殺されたって。会わせて頂戴」
「そんな調子のまま会わせて暴れまわれては困る」
面倒なことは嫌いだと言わんばかりに頭を掻き、小隊長は踵を返そうとした。
「私一人暴れても押さえつければいいでしょう!一目だけ、会わせて!」
「奴隷一人死んで、その死体とあんたを会わせることになんの意味がある?」
彼は馬鹿にしたように吐き捨てる。同時に部下らに合図を送る。
兵士らがゆっくりと近付いてきた。ユリアーノは少女を背後にかばい、両手を喉元の高さに持ち上げた。
「案内しなさい」
血に濡れた刃を自らの首筋に押し当てる。手に力を込めて震えを押しとどめる。
「私の命なんて惜しくないわ。でも、あなたたちは違うでしょう」

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