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レイピア一章2

グライファルは訝しげな表情を浮かべる息子と娘を、ある一室に案内した。
部屋の中には古びた甲冑や盾、剣などがずらりと並んでいる。代々将校クラスの軍人を輩出してきたハシュフルト家の家宝というべき品々だ。その中にはグライファル自身が身に着けていた軍服なども並んでいた。
軍人を志してからというもの、ルターシアはずっとこの部屋に入り浸っていた。うっとりと軍服や剣などを見上げる十歳にも満たない娘の姿を、グライファルは複雑な気持ちで眺めていたものだ。
「こちらに来なさい」
グライファルは部屋の隅にある扉付きの棚の前に立った。ギゼルフはすでにこの中になにがあるのかわかっている様子だった。一方のルターシアは期待に目を輝かせている。開けてはならないと昔から言われていた扉がついに開かれるのだから、当然の反応だった。
扉には鍵がかかっている。ポケットに忍ばせていた鍵をとりだし、鍵口に差し込んだ。小さな音と一緒に、キィ、と扉が開いた。
「それは……」
ルターシアが確かめるように声を上げる。
「持ってみなさい」
恐る恐るルターシアは手を伸ばした。暗がりの中でも黒光りする鞘。小さな柄を覆う、精緻な模様が描かれた半円状の金属板。柄を取ってわずかに引けば、白銀の刀身が現れる。ルターシアの問うような眼差しがグライファルに注がれた。
「おまえが軍人になることに、私はずっと反対してきた」
八歳の誕生日に、ルターシアが唐突に軍人になると宣言したことを思い出す。家族のみならず、近しい親族たちも集めた晩餐の席で、ルターシアは眉を吊り上げ、頬を紅潮させながら高らかに宣言したのだ。
『わたしは、ぐんじんになる』と。
もちろん子どもの戯言だとその場は皆笑った。親族らは『ルターシアが守ってくれるなら、この国も安泰だね』などと冗談を言ってルターシアの頭を撫でていた。グライファルもそのときは自分にあこがれてそう言ってくれているのだと微笑ましい気持ちで聞いていた。
だが年を経るにつれ、ルターシアの決意が揺るぎないものであると知り、頭を痛めた。ルターシアは女の子だ。いずれはどこかの貴族に嫁ぐ伯爵家の令嬢だ。また、いくら軍に忠義を尽くしてきたハシュフルト家とはいえ、女児を軍人にすることは世間体に障ってしまう。いや、それよりも女性軍人は茨の道を進むことになる。できるならば、愛しい娘には普通の女性らしい幸せを手に入れてほしかった。
けれども、そんな反対にもルターシアはめげなかった。グライファルによって禁じられた剣の稽古もギゼルフに頼み込んで相手をしてもらっていたし、勉強にも熱心に励み、ついには十四歳になるときに反対を押し切る形で軍学校に入学した。そのころにはグライファルもルターシアの熱意に負けて半ば諦めていたが、半ばは望みを捨てきれないでいた。
だが、先週軍学校を卒業し、晴れ晴れとした表情で帰ってきた娘を見たとき、グライファルは今までの己の身勝手な考えを恥じた。ルターシアが選んだ道をどうして心から応援してあげられなかったのか。たとえこれから進む道が『普通の女性』の幸せとは程遠いものだとしても、『ルターシア』が幸せでいられるなら、どんな道でもその後ろ姿を見守ってやれば良いのだ。
このレイピアは、そのせめてもの贐(はなむけ)の品だ。ルターシアが軍学校に入学したあと、こっそりと作らせたものだが、本当に渡せる日が来るかどうかもわからなかった。だがこうしてルターシアが手にしている姿を見れば、胸に湧き上がってくるものがある。
「今でもおまえが軍人になることを、心から祝福することはできない。この剣がなんのために存在するのかを、もう一度よく考えてみなさい。だが――」
少し言葉を切る。ルターシアの食い入るような眼差しを感じる。大きな新緑の双眸。かつて自分はこんな眼差しをしていたことがあっただろうか。
「心からおまえを誇りに思うよ、ルターシア」
ルターシアの双眸が震える。ずっと不安と後ろめたさを感じてきたのだろう。まさか父からそんな言葉をもらえるとは思っていなかったのか――それともその言葉をずっと切望していたのだろうか。ルターシアは涙をこらえるように、レイピアを強く握りしめた。

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